6月の彩り 6月10日に気象庁から梅雨入り宣言がありました。昨年よりは12日遅かった由。降らない日でも空が重く、その下で紫陽花だけが日毎に元気と色を増してきています。庭の緑はますます濃く、鬱蒼とした眺めです。
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焼成温度:950℃ |
6月は水鳥たちの子育ての時期のようです。仲の良いことの代名詞のように言われている オシドリですが、実は他のかも類と同じように抱卵、子育ては雌に任せて、雄はさっさと いずこへか行ってしまうとか、おまけに次の年はお相手も替えてしまうことが多いそうです。 それに引替え、サギの仲間は抱卵も雄雌交代で行い、一夫一妻を保つと聞きます。 6月のショーケースから
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「四角い部屋を丸く掃いては掃除とは言えないよ」「姿勢が悪い、背中に物差しを入れて直しなさい」「なぜ?どうして?とすぐ人にものを尋ねないで、まず自分でよく考えてみなさい」「自分がされて嫌なことは人にもしないこと、人の立場になって物を考えなさい」と幼い頃から父に言われた言葉の一つ一つが、今でも私の言動の判断基準になっていると思います。その都度実行出来ているか否かについては返事を躊躇いますが。日頃は寡黙で、家族の会話を傍でにこにこと聞いていることの多い父でしたから、それだけに父が口にする言葉には無駄が無く、重みがありました。誰の話にも耳を傾け、相談に乗る父の許には、会社の部下や私の従兄弟達など若い人達の訪れも絶えませんでした。「琵琶湖周航の歌」「都ぞ弥生」「デカンショ節」など私の友人達は誰も知らない歌を父と一緒に口ずさみ、エイト(ボート)やラグビー観戦の楽しさも父から教えてもらいました。父は旧制中学時代ボート部のメンバーとして、エイトの7番を漕いでいたそうです。その頃のアルバムには、長いオールを片手にずらりと並ぶ、白い鉢巻姿の8人の若者や剣道着に面をつけ、相手と太刀を合わせているものなど父の青春時代を偲ばせるものが沢山あり、その古びた白黒アルバムを閑さえあれば眺めていた時期が私にはありました。 私が家庭を持ち、3人の子供の親となってからは父は私だけでなく、夫や子供達の支えにもなってくれました。ゆとりのない私とは異なり、父の勉強の教え方は子供達に大好評でした。特に娘にとっては進学のこと、友人のこと、アルバイト先のトラブルのことなど何でも相談できる先生以上、いいちゃま(おじいちゃま)以上の大きな、大きな存在だったようです。そして夫にとっては仕事の理解者であり、「僕の守り神さま」でさえありました。夫の18回の手術の17回まで立ち会ってくれ、その都度夫は元気に戻ってこられたのですから。 その父が、愛弟子でもあった孫娘の学位授与式(commencement)と祝賀会に列席するために1995年6月単身渡米してくれました。父85歳の時のことです。大学のグラウンドでの4時間にわたる式典に、配られた校章入りの野球帽を被り、後からの強い日差しよけに首に手拭を巻き、白いYシャツの袖捲り姿で参加し、ガウンに房付きの四角い帽子姿の学生達が、最後にその帽子を歓声と共に空高く放り上げる様子を、それはそれは楽しそうに眺めておりました。お互いに抱き合って祝福しあう学生、自分の家族に大声で呼びかけ両手を振る学生、恋人に投げキスを送る学生、日本の卒業式風景とはまるで異なる雰囲気は、参加者全員が楽しむお祭りの様相を呈しておりました。そして混雑にもみくちゃになりながらハンバーガーとコーラの昼食後、着替えのために一旦帰宅しました。大いに意気上がっている父は疲れも見せず、その日のために新調したというグレーのダブルのスーツに身を包み「どお?」と胸を張ってみせました。夕方からの祝賀会に参加するための正装です。日本からMikaの85歳のG.F.が来たと、みなさんから大歓迎を受け、娘の指導教授とは固い握手とハグを交わしておりました。実は父の愛弟子は学生時代にはボート部に入り、チャールス・リヴァーでエイトを漕いでもいたのです。父は「太腿が大きくなるよ」と心配しながらもうれしそうでした。 卒業式の翌日からナイヤガラの瀧へのドライヴに父、夫、私、娘の4人で出かけました。壮大な眺めをアメリカ側とカナダ側から眺め、派手なブルーの雨合羽をすっぽり被って、瀧の下を船でくぐるエキサイティングな体験もしました。若い時はスポーツで鍛え、その後何十年も柔軟体操や乾布摩擦を欠かさずに続けてきた父が、85歳のその時でさえ体力も気力も充実していることに今更ながら驚かされる旅でもありました。 それから8年後、父が入院して、私は枕辺で音楽を聴きながら父と過ごす時間が次第に長くなっていきました。そんなある日「今一番したいことはなあに?」と問いかけましたら「ナイヤガラの飛沫をまた浴びてみたいね。それからレキシントンの家の庭にボクが植えた花が今どうなっているか見てみたいよ」との返事が返ってきました。真っ赤なスポーツシャツに白いズボン、つば広のゴルフ帽にスニーカー姿で散歩をしたり、庭いじるをする父に、「ハイ」と声をかけて来る人達と「良い天気だね」から始まって、立ち話が弾む、そんな気軽で明るいアメリカでの人付き合いが父は気に入っていたようでした。 間もなく父の7回忌です。父の愛弟子達や父を慕う甥、姪達が大勢集います。全てから解き放たれて、父は今何処のどのような風景の中に身を置いているのでしょうか。私たちの思いは届いているのでしょうか。懐かしい出来ごとの詰まったアルバムを繰りながら、想いをめぐらせる6月の日々です。 |
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玄関周りの花壇の花をパンジーからヴィンカとバーベナに入れ替えました。湿気が多くなって ナメクジが増え、花を嘗め回すのが困りものです。ナメクジはビールが好きなのをご存知ですか? そこここに残りビールを置いておきます。秋口まで元気に咲き続けてくれると良いのですが。
庭の花たち
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