彼方の岸
彼岸とはどのようなところなのでしょうか。洛北蓮華寺の書院に座して庭を眺めます。庭の中心をなす池には舟石が用意され、彼方の岸には蓬莱山の姿が見えます。でもここの舟石は舳先が此岸に向かっているのはどうしてでしょうか。此岸に戻る人を送ってきたところなのかもしれません。見え隠れする石灯篭は関所の印と説明して下さった方がありました。彼方の岸に着いた彼は、いくつかの関所を無事通過して、ここから見える向こう岸のように、木々が程よく配された美しい風景の中に住まいを定めたことでしょう。73-7番地。「ラッキーセブンが重なって縁起が良いから」と彼が自ら選んだ終の棲家のアドレスです。でもご当人は彼岸と此岸との行き来に忙しい様子で留守がちのようです。ある時は新幹線の中で、ある時はストー・カントリークラブで、ある時は北八・横岳の白駒の池近くで、ブラッセルのグランプラスにあるジャズクラブで見かけたという方もいらっしゃいます。でも私がピンクの薔薇を携えて訪れた日、彼の人は門口で待っていてくれました。「ようやく少し暖かくなったから、暫くはここで楽しむよ」と。門の奥の石に刻まれた「憩う」は彼の長年の憧れだった由、「字も気に入っているよ」と私を喜ばせてくれます。暫く語らって戻りました。桜はまだ蕾のまま。「満開の頃に又来るわね」と約束して。そう言えば彼岸がどのような所なのかは尋ね忘れました。
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