ボストンでの三人展

 ローレンスという名前からは男の人を連想しますが、私の友人のロレーンはれっきとしたパリジェンヌです。
1992年当時は、仕事で知り合ったアメリカ人と結婚してボストン郊外のWellesley(Wellesley女子大のある)という街
に住んでいました。
 招かれて行ったNew England Conservatoryのコンサートでたまたま隣に座り合わせたのがお付き合いのきっかけ
でした。お互いにアメリカが異国であることもあって何となく話が合い、連絡先を交換しました。フランス語訛りが強く、
ほとんどフランス語にしか聞こえない英語でよくしゃべる朗らかな人でした。
 数日後にローレンスから昼食の招待がありました。その日からボストンを離れるまでの5年間、毎週のようにお互い
の家庭を行き来し、家族ぐるみで付き合う良い友人関係を保ちました。小学3年生を頭に小さな子供さんが3人いた
彼女にどうしてあんなにゆとりがあったのかと不思議ですが、家はいつもきれいに片付き、お昼にはおいしいご馳走
がデザート付きで用意されていました。
 自らも絵を描き、詩を作るローレンスの昼食会にはいつも芸術家と言われる人々が集っていました。家庭を芸術家
のサロンのように開放して、個展や生徒の紹介などの支援をすることをごく自然な習慣のように振舞っていました。
 そのローレンスの薦めで、やはりこのサロンの常連だった画家達との3人展(show)を開いたのは1997年5月のこと
です。彼女の友人である、やはりフランス人のヨレーンの家のホールを会場にしてという提案でした。
 このヨレーンはさらに小さく、まだ歩くことも出来ないお人形さんのように可愛い女の子の母親でした。
 その時私はやきものの他に手許にあった墨絵も展示しましたが、その絵のための額はローレンスとヨレーンが
作ってくれました。黒い額縁に金色で詩を書いたり、ガラスに美しい緑色の紙を裏打ちした額は、中の色紙に描いた
墨絵よりずっと魅力的でした。彼女達の作業を見ていると、「どうしようかな」と迷う様子は無く、さっと素材やデザイン
を決めて、制作に入ります。試行錯誤の繰り返しの私には彼女達の動きは眩しいばかりでした。
(余談ですが、ヨレーンは、今はグラフィックデザイナーとして名を成し、アメリカとフランスで活動しています。)
 このshowのために用意されたポスターを
思い出箱の中に探してみました。
13年もの間、日の目を見なかったそのポスター
が良い保存状態で現れた時はちょっとうれしい
気持になりました。
このポスターは大学やタウンホール、日本人会
の事務所などの掲示板や自分の家の壁、
ヨレーンの家の入り口などに貼りました。
 ちなみにこのポスターに使われた徳利と
ぐい呑の写真は、夫と長男が居間の床に作品
を置き、写真スタジオさながらに、左右から二つ
のライトを当てて撮ってくれたものです。
 このポスターの効果がどれほどあったのかは
定かではありませんが、実際には関係者の
口コミ宣伝で出向いくださった方が殆どいう印象
でした。
それでもこのshowの2日間、人影が全く途絶えて
しまうことはほとんど無く、いつもちらりほらりと
誰かが訪ねて下さる状態が続きました。
 日本で素人の展覧会といえば、日頃作り溜め
たものを一堂に集めて見ていただく作品発表会
のようなものが多いのですが、彼女達の考える
「Show」はプロ、素人を問わず、展示即売会の
性格が強いようでした。
私以外の二人はプロの画家でしたから、勿論
売ることを前提に花や自然をテーマにした美しい
作品を沢山用意していました。
一方私がその日のために用意した花の墨絵は
10枚、やきものは12点でした。
 それらを手放したくない思いの私に、「売りたくないものには『売約済み』のステッカーを貼っておけば良いのでは」
とローレンスが提案してくれ、私は数点の作品に予め「売約済み」の札を付けました。 
 私の意見も聞きながら、彼女達がやきものと墨絵の全てにバンバンと値段をつけて行きます。
20ドルから100ドルまでの値がそれぞれにつけられました。
 当日の私の売り上げは700ドルくらいだったでしょうか。墨絵は殆ど売れ、やきものは備前焼き〆の
渋い花入などが高値にもかかわらず、好評なのが意外でした。買ってくださったのは地元のアメリカ人よりも
フランス人の方が多かったようです。
 その中から会場費や雑費を引いて400ドルくらいが手許に残ったように覚えています。 大勢の人の労力や時間
を思えばあまり実りが多いとは言えない結果だったのかもしれません。でも私にとっては、ローレンス、ヨレーン
そしてもう一人強力にサポートしてくれたクリスティーヌ・ルブロアの3人のフランス人の熱意と、家族の協力、
私の拙い作品を「好きだ」と言って求めてくださった方たちの好意が本当にうれしくて、幸せな思いだけが残った良い
体験でした。
 5月の訪れと共に土作り(水漬けしてあったものを取り出し、布に包んで陰干しにする)や
釉薬の手入れ(固まっているものを手で揉みほぐし、施釉に適したとろりとした濃さの滑らかな液体にする)
に何時にも増して精が出ます。
それは気候の良さばかりなく、5月のうれしい思い出に後押しされているからなのかもしれません。
 

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